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はえおとこ

蠅男

海野 十三

「講談雑誌」1937(昭和12)年1月号~10月号

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 118,129 字 · 237 页

青空文庫

現われた蠅男

帆村探偵の必死の追跡ぶりが、店員先生の鈍い心にも感じたのであろうか、それとも先生の乗った味噌樽があまりにガタガタ揺れるので樽酔いがしたのであろうか、とにかく店員先生は三輪車のうしろに獅噛みついたまま、もう泥棒などとは喚かなかった。

「おう、樽の上のあんちゃんよオ」

帆村はまた声を張りあげて叫んだ。

「なんや、俺のことか」

「君、何か書くものを持っているだろう」

「持ってえへんがな」

「嘘をつくな、手帳かなんか持っているだろう。それを破いて、二十枚ぐらいの紙切をこしらえるんだ」

帆村はハアハアと息をきった。自動車との距離はまだ五百メートルぐらいある。

「その紙片をどないするねン」

「ううン。――その紙片にネ、字を書いてくれ。なるべくペンがいい」

「誰が字を書くねン」

「あんちゃんが書いておくれよ」

「あほらしい。こんなガタガタ車の上で、書けるかちゅんや」

「なんでもいい。是非書いてくれ。そして書いたやつはドンドン道傍に捨ててくれ。誰か拾ってくれるだろう」

「書けといったって無理や。片手離すと、車の上から落ちてしまうがな」

「ちえッ、もう問答はしない。書けといったら書かんか。