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はえおとこ

蠅男

海野 十三

「講談雑誌」1937(昭和12)年1月号~10月号

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 118,129 字 · 237 页

青空文庫

上にのぼるにつれ、すこし風が出てきて、彼は剃刀で撫でられるような冷さを頬に感じた。

「――なんですねン、下からえらい喚いていてだしたが」

と、制服の外套の襟で頤を深く埋めた四十男の消防手が訊いた。彼は帆村が下駄をはいて上ってきたのに、すこし呆れている風だった。

「おお、このへんな臭いだ。ここでもよく臭いますね。この臭いはいつから臭っていましたか」

「ああこの怪ったいな臭いですかいな。これ昨夜からしてましたがな。さよう、十時ごろでしたな。おう今、えらいプンプンしますな」

「そうですか。昨夜の十時ごろからですか」と帆村は肯いて、今はもう八時だから丁度十時間経ったわけだなと思った。

「一体どの辺から匂ってくるのでしょう」

「さあ?」

と、消防手は首をかしげて、帆村の顔を見守るばかりだった。彼はどうやら、帆村の職業をそれと察したらしかった。

「風は昨夜から、どんな風に変りましたか」

「ああ風だすか。風は、そうですなア、今も昨夜も、ちっとも変ってえしまへん。北西の風だす」

消防手だけに、風向きをよく知っている。

「北西というと、こっちになりますね。どうです、消防手さん。こっちの方向に、なにかこう煙の上っているようなところは見えないでしょうか」