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「みること」のいみ
「見ること」の意味
中井 正一
「国民芸術」1937(昭和12)年4月号
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 3,534 字 · 8 页
そこでは人間は単なる自然の人間でもなく、一日一日築きあげている技術の人間でもなく、正しかるべき人間が、未来から、ソッと汚濁に満ちたこの現実を鍵穴から覗いているような、「見る存在」になっているのである。身分とか職業とか疎外された人間の桎梏に対立する人間となること、ここに「見ること」がその真の姿においてあらわれているともいえるのである。
芸術の快感が、ほかの快感より異なっているのは、この正しい客観的真実、文化の背後のものの羽音を身近く感じている刺戟にほかならない。この気分は芝居だけでなく、すべての芸術の分野の「見ること」がもっている意味である。
「見ること」の機みをもって、自分自身がいつのまにかほかのものとなっていることを確かめる。「見ること」の機みをもって、自分自身を脱けだし、自分自身を対象化すること、「見ること」を機みとして、自分自身を自分自身に矛盾せしめ、自分自身をスプリングボードとして時の中に跳ねかえり、突きすすむ。これが芸術気分である。「見る存在」の中に人間が身を置く時、時の中に欝勃としてひろがっている自分と民衆に一様に響きくる反響である。
こんな意味で画の世界にとって画布は、演劇の世界にとって舞台の第四の壁は、文学の世界にとって紙は、一つの機みであり、跳躍の板である。