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なぞのおんな
謎の女
平林 初之輔
「新青年 第一三巻第一号」1932(昭和7)年1月号
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 9,077 字 · 18 页
五
五
「じゃぼつぼつ帰りましょうか、やっぱり暖かいようでも外は寒いですね」
二人はベンチを起ち上がった。
二人で並んで歩いているとき、龍之介は何だかくすぐったいような、妙な感じがした。
写真屋が、写真をすすめたり、枝つきの蜜柑を売っている物売りが、「奥さん、お土産にいかがです」とすすめたりするのを聞いても、何となく甘ったるいような気がした。
二人は、運転手が扉をあけて待っている車の中へはいった。車の座席へ座るのにも、以前とちがった感覚があった。素性も知らない女に、名ばかりの夫婦になってくれと頼まれるなんてことが、小説でなら知らず、現実の世界にあり得るだろうか? 彼はロマンチックな小説の主人公になったような気がした。そして、これから先、どんな冒険が展開するだろうと考えると、何となく心が躍った。
車が走りだすと、しばらくだまっていた道子がとつぜん言った。
「夫婦ということになると別々の室じゃおかしいでしょうか? あたしさっきからそのことばかり心配していたんですけれど」
龍之介もそのことをまだ気がつかずにいたが、むろん夫婦が別々の室をとるということはおかしいにきまっている。