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まずしきひとびとのむれ
貧しき人々の群
宮本 百合子
「中央公論」1916(大正5)年9月号
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 59,959 字 · 118 页
けれども、私にとっては、ただ単純に結構なことではすまないのである。
私は、自分をこの村に関係の深い、この村に尽すべきことを沢山に持っている人間だと思っている。そして、少しずつでもしだした仕事は、失敗しそうになっている。
そこへ、遠くはなれて、てんでんには別に苦しみもせず、さほどの感激も持たない人達のすることが、彼等の上に非常に効果があるとしたら、この自分は、どこまで小さな無意味な者だろう。
私は、彼等とはまるで異った心持で、彼等のいわゆる「福の神の御来光」を待っていた。
ところへ、突然思いがけない事件が持ち上って、村中の者の心を動かした。
それは水車屋(くるまや)の新さんが豆の俵を持ち出して売ってしまったということである。その二俵の豆は、もちろんよそから粉にするように頼まれたものなのである。
親の金を持ち出したり自分の家の物を盗んだりした経験の一度や二度、持たない者のないような村人のことであるから、ただそれだけのことなら、皆の茶話にも出ないで消えてしまっただろうが、新さんが名うての正直者で、おふくろがまた、これは名代の慾張りでいろいろ評判を立てられている女なので、皆の好奇心を煽ったのである。