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あかひげしんりょうたん
赤ひげ診療譚
山本 周五郎
01 狂女の話
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 20,384 字 · 41 页
半太夫の声はやわらかであったが、剃刀を包んだ綿のような感じがしたし、よく澄んだ穏やかな眼の奥にも、やはり剃刀をひそめているようなものが感じられた。そうして、半太夫がまったく津川を無視していることに、登は気づいた。津川の云うことには返辞もせず、そっちへ眼を向けようともしなかった。
「相模のどこかの豪農の二男だそうです」と津川は廊下へ出てからささやいた、「私とは気が合わないんですが、彼はなかなか秀才なんですよ」
登は聞きながした。
森の隣りが津川、その次が登の部屋であった。どの部屋も六帖であるが、窓は北に向いていてうす暗く、畳なしの床板に薄縁を敷いただけという、いかにもさむざむとした感じだった。窓の下に古びた小机があり、蒲で編んだ円座が置いてある。片方はひび割れた壁、片方は重たげな板戸の戸納になっていた。
「畳は敷かないんですか」
「どこにも」と津川は両手をひろげた、「医員の部屋もこのとおりです、病棟も床板に薄縁で、その上に寝具を敷くというわけです」
登は低い声でつぶやいた、「牢屋のようだな」
「みんなそう云いますよ、ことに病棟の患者たちがね」と津川は皮肉に云った、「かれらは貧民だし、施療院へはいったというひけめがあるから特にそういう感じがするんでしょう、おまけに着物まであれですからね」