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かるいざわ
軽井沢
寺田 寅彦
「経済往来」1933年6月
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 6,190 字 · 13 页
朝でなくても鳴くのである。ずっと離れた山すそにも、もう一羽別のが鳴いていた。沢のがだんだん近づいて行って、とうとう山すそのほうへ移って行くころには相手はもう鳴かなくなった。やがて水鶏の声はぱったり途絶えてしまって、十三夜ごろの月が雨を帯びた薄雲のすきまから、眠そうにこの静かな谷を照らしていた。水鶏の鳴くのはやはり伴侶を呼ぶのであろう。
このへんには猫がいない、と子供らが言う。なるほど、星野でも千が滝でも沓掛でも軽井沢でもまだ一匹も猫の姿を見ない。それが東京の宅の付近だと、一町も歩くうちにきっと一匹ぐらいは見つかるような気がする。日々に訪れて来るのら猫の数でも少なくはない。なぜだろう。宿の人に聞いてみると、いないことはない。現に近くの発電所にも一匹はたしかにいるという。宿では食膳を荒らす恐れがあるから飼わないそうである。宿で前に七面鳥を飼っていたが、無遠慮に客室へはいり込むのでよしたという。それにしても猫の少ないだけは確かである。ねずみが少ないためかもしれない。そうだとするとねずみの食うものが少ないせいかも知れない。つまり定住した人口が希薄なせいかもしれない。