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のうそん
農村
宮本 百合子
「多喜二と百合子 七号~十三号」多喜二・百合子研究会、1954(昭和29)年12月~1955(昭和30)年12月
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 49,223 字 · 97 页
それほど差し迫った生活の味を知らない私共は、真の貧と云う事は知らない。
精神的に慰安を受ける或る物を常に頭に置いて考えるので、金もなく、生活に苦しんでも、不義の富をむさぼるよりは意味深いと云う事を云う。けれ共、農民が、何の慰安もなく、確信も主義もなく、只貧しく、只金がなく、冬の長い北の国に日々の生活に追われて居て考える貧と云うものに対する感じは何もないのである。只、恐ろしい、只逃れたいばかりのものである。
私共の思う貧にはいつも精神的の富みがつきまとうて居る。
けれ共、物質的に精神的に貧しく金のない此等の農民の生活は実に哀れな、より所のない、一吹きの大風にもその基をくつがえされそうなものである。
(二)
村の南北に通じた里道に沿うて、子供沢山で居て貧しい小作男の夫婦が居るあばら屋がある。
町に地主を持って居て、その畑に働いて居るのだけれ共、段々に人数はますし、ゆとりのあるほど沢山とれる年がないので、夫婦は日の出るから暗くなるまで、畑地の泥にまみれて食うためにばかり働いて居るのである。
盆、正月にも、新らしい着物は作れないと云う事だ。働いても働いてもゆたかな暮しが出来ないので、幾分かすてばち気味に、少し金が入るとすぐ何かかにかにつかって仕舞うので、よけい切りつめた暮しをしなければならないらしい。