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ゆけるマクシム・ゴーリキイ
逝けるマクシム・ゴーリキイ
宮本 百合子
「婦人公論」1936(昭和11)年8月号
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 8,396 字 · 17 页
この時ゴーリキイはニジェゴロドスカヤ県のアルザマスという町へやられ、室内監禁にあった。
「小市民」「どん底」の二つの戯曲がこの一種の流刑生活の間に書かれた。「どん底」は特別な成功をかち得、ゴーリキイの名をいよいよ世界的にした。「どん底」の巨大な成功によって得た金で、ゴーリキイはペテルブルグの「ズナーニエ」という出版書肆を買った。少しでも自由に、進歩的な本を出版しようという意志なのであった。二年後、ゴーリキイは社会民主党と関係をもちはじめ、二十余年に亙るレーニンとの友情が結ばれるに至った。
ロシアの社会は急激な濤に押され、世界史に顕著な一九〇五年の一月九日の日曜日の事件では、ゴーリキイは罪なく失われた民衆の生命に対して沈黙していることが出来ず、檄を書いた。ペトロパヴロフスクの要塞監獄監禁が、その行為に対する報復であった。この時ゴーリキイが死刑を免がれたのは、ゴーリキイ処刑反対の大デモンストレーションがロシア国内のみか、ヨーロッパ諸外国で行われたからであった。
翌年、解放運動の資金を得るために、ゴーリキイはアメリカへ講演旅行をやった。この計画は本国からの邪魔が入り、ものにならなかった。