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うんめいのままに

運命のままに

豊島 与志雄

「黒潮 第壹卷第貳号」太陽通信社、1916(大正5)年12月

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 28,406 字 · 57 页

青空文庫

裏通りは大分泥濘っていた。私達は、肩を竝べるようにして歩いた。

「お苦しいことって何なの。」とお島は尋ねた。

「え、何が?」

「お手紙にあったこと。」

「何でもないんだよ。」

「でも私気になるわ。」

「ほんとに何でもないことだよ。ただね、僕がある女から捨てられたまでのことさ。」

「まああなたが?」といってお島は喫驚したような顔をして私を見守った。「それでどうなったの」

「それっきりさ。」

「どんな女の方?」

「どんなって……何でもないんだよ。」

「そう。」と云ってお島はそれ以上聞こうともしなかった。

私はそんなことをお島に云いながら、妙に気分が晴々としてくるのを感じた。然しそれは私の英子に対する、また私達の愛に対する、背反であったであろうか? 否私はそれを信じない。ただ私の前から一瞬間暗闘が消えて、私の心が柔かに落ち付いたのは事実である。そして私は和やかな眼でお島の姿を見やったのである。私は自らその気持ちをどう云っていいか言葉を知らない。

「何かたべようか。」と私は云った。

「私は何にもたべたくないわ。それよりか斯うしてお話していたいのよ。」

寒い空気が外套を通して感じられた。