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かとにん
過渡人
豊島 与志雄
「帝國文學 第二十二卷第四號」1916(大正5)年4月1日
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 20,206 字 · 41 页
矢島さんは庭下駄をつっかけて椽側から外へ下りて行った。空には一点の雲もなかった。下弦の月が西の空に懸って、まばらな星がちらちらと輝いていた。静かな夜であった。そしてまだ何処か冷たい大気の間に静に露が下りそうな晩であった。
秀男はじっと父の姿を後ろから見やった。何か緊張した感情が彼の心に湧いて来た。彼は父の処へ下りて行った。
「いい晩ですね。」
「ああ。」
その時秀男は父の頬に深い沈思の表情を読んだ。弦月の光りに美化され深化されている悩ましい影を。
「笹尾が帰る時、香奠のしるしとして少しばかり金を包んでやりました。お父さんとお母さんと私と三人の名義で。笹尾は悲しいような眼付でそれをおし頂いてから、あなたに宜しく申してくれと云って居りました。」
「ああそれはよかった。」
然し秀男はその言葉が父に対して残酷ではなかったかを気付かった。そして云った。
「笹尾は仲々しっかりした所があるようです。惜しいことをしましたね。」
「俺もそう思っている。……俺のことを何とか云ってはしなかったか。」
「あなたは種々のことを笹尾に仰言ったんですか。」
「ああ少し何か云ったかも知れない。