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ちがうへいはちろう

違う平八郎

山本 周五郎

「講談倶楽部」大日本雄辯會講談社、1939(昭和14)年3月号

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 13,142 字 · 27 页

青空文庫

そして……自分の口から申しては恥ずかしゅうござるが、武士ひと通りの腕は鍛えあげたと思います。けれど初めて故郷を出で、伊勢の戦に臨みましたときに、思いも懸けぬ事が起って了いました」

「思懸けぬ事とは――?」

「故主丹羽殿の陣場は灘野口でございましたが、合戦の始まると共に拙者は前へ前へと馬を進めました。そして好き敵もがなと馬上に伸上りながら、

――我こそは本多平八郎……。

と名乗ったのです。すると城兵の中から三瀬入道、大河内教通などという名だたる勇士の人々ばかり七八騎、

――本多平八郎とは好き敵ぞ、我こそ相手にならん、我こそ首を挙げん。

と槍を揃え殺到して来たのです」

平八郎はぶるっと身震いをした。――恐らくその時の凄じい光景を思出したに相違ない。それからひと息ついて続けた。

「なにしろ此方は全くの初陣です、あ、徳川の本多平八郎に間違えられたな! と気がついたとたんに、何とも云えぬ怖ろしさで身が竦み、我を忘れて逃げだして了いました」

「そのお気持は熟く分りますわ」

「今でも眼に見えます、――その時の彼等の勢と云ったらなにしろ天下の鬼平八郎と思っているのですから、首を挙げれば千石の手柄とばかり、無二無三に突進して来るのです。