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ながさきのかね

長崎の鐘

永井 隆

「長崎の鐘」日比谷出版、1949(昭和24)年1月30日

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 65,109 字 · 131 页

青空文庫

しかし、私たちは天涯無一物、奪わるべき何物をももたず、ただ救うべき多くの傷病人をかかえていたのであったから、一途に巡回診療を続けていた。東海より朝日差すところ朝雲高くそびゆる富岳をもって象徴せられた日本は滅亡した。大和民族は最低の奈落に突き落とされた。私たちは生きて恥をかくばかりである。原子爆弾にこの世を去った友らこそ幸いなるかな。私たちの内的苦悩は深かった。毎日、夕飯を終わってから、月明るき宵は縁に出て、雨が背戸の山茶花に音立てる夜はいろりのはたで、しみじみと語り、またいきおいこんで論じた。われらの道どこにありやと。しかし昼は世の混乱に超然として、相変わらず一人の生命を問題として診療に専心した。

恐るべき原子病は、相次いで私たちの患者の中に、また、元気だった難民の間に、そして私たち自身にも発現した。そのある症状はかねての放射線実験から予想されたところであって、むしろわれわれの予測の適中を誇りたい気さえ起こさせたが、ある症状のごときは意想外の時期に忽然多発して、われわれをして困惑せしめた。私たちはかくのごとくにして、十月八日までの二か月間、三ツ山救護班を開設していたのである。