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いんじゅう

陰獣

江戸川 乱歩

「新青年」博文館、1928(昭和3)年8月増刊~10月

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 66,968 字 · 131 页

青空文庫

私は又、人を頼んで、平田一郎の故郷である静岡の町を検べて貰ったけれど、彼が全く架空の人物であってくれればという空頼みの甲斐もなく、今は行方不明の平田一郎なる人物があったことを報じて来た。だが、仮令平田という人物が実在していた所で、彼が誠の静子の嘗つての恋人であった所で、それが大江春泥であり六郎氏殺害の犯人であったと、どうして断定することが出来よう。彼は今現にどこにも居ないのだし、静子はただの昔の恋人の名を、一人三役の一人の本名に利用しなかったとは云えないのだから。更らに、私は親戚の人の許しを得て、静子の持物、手紙類などをすっかり調べさせて貰った。それから何等かの事実を探り出そうとしたのだ。併しこの試みも何の齎すところもなかった。

私は私の推理癖を、妄想癖を、悔んでも悔んでも悔み足りない程であった。そして、出来るならば、平田一郎の大江春泥の行方を探す為に、仮令それが無駄だとは分っていても、日本全国を、いや世界の果てまでも、一生涯巡礼をして歩き度い程の気持ちになっている。(だが春泥が見つかって、彼が下手人であったとしても、又なかったとしても、夫々違った意味で、私の苦痛は一層深くなるかも知れないのだが)