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ゆきのやどり

雪の宿り

神西 清

「文藝」河出書房、1946(昭和21)年3、4月合併号

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 25,995 字 · 51 页

青空文庫

悲しいことに、それもこれも現とはなりませんでした。尤もわたくしの眼の中にえがいた火の色と白と鼠の取り合わせは、後日まったく思いもかけぬ相で現われるには現われましたが、それはまだ先の話でございます。

忘れも致しません、五月二十六日の朝まだき、おっつけ寅の刻でもありましたろうか、北の方角に当って時ならぬ太鼓の磨り打ちの音が起りました。つづいてそれがどっと雪崩を打つ鬨の声に変ります。わたくしは殆どもう寝間着姿で、寝殿のお屋敷に攀じ登ったのでございます。暫くは何の見分けもつきませんでしたが、やがて乾方に当って火の手が上ります。その火が次第に西へ西へと移ると見るまに、夜もほのぼのと明けて参りました。見れば前の関白様(兼良男教房)をはじめ、御一統には悉皆お身仕度を調えて、お廂の間にお出ましになっておられます。東の御方(兼良側室)はじめ姫君、侍女がたは、いずれも甲斐々々しいお壺装束。わたくしも、こう成りましては腹巻の一つも巻かなくてはと考えましたが、万が一にも雑兵乱入の砌などには却って僧形の方が御一統がたの介抱を申上げるにも好都合かと思い返し、慣れぬ手に薙刀をとるだけのことに致しました。