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あおくさ

青草

十一谷 義三郎

「文芸時代」1924(大正13)年12月

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 6,645 字 · 14 页

青空文庫

彼が見上げると、向うの樹の上からどっと歓声が起った。兄と彼女とが同じ枝に止って、真白な口ばたに無花果の実の汁をつけて、笑っているのだった。弟はその下へ駈けよった。

「おいで。無花果進上。」と兄が言った。

「そうよ。無花果進上。」と彼女も言った。

弟は樹の幹に手をかけて振り仰いで、彼らを睨まえた。その時、弟は兄の頬に、何かが止っているのに気がついた。葉越しの太陽の光りが、彼らの白い皮膚の上に、もろもろとした斑点を写しているので見分けにくいが、じいっと眸を凝らすと、大きな蜘蛛が、脚をいっぱいに伸して、奇怪な文身か何かのように、兄の頬にへばりついてるではないか。弟は二三歩あとへよって、無言のまま蒼くなって兄の顔を指した。

「あら、あら、あら」そう叫びながら、彼女は樹の幹に震えついた。異常な神経家の蜘蛛はただならぬ雰囲気を感じたのだろう。兄の頬から細い首筋の方へ動き初めた。兄が何気なくそこへ手をやると、蜘蛛は今度はその手の甲の上に蟠まって、腹を動かした。兄は忙ててもう一方の手でそれを払った。そうしてその瞬間に彼のからだは中心を失って地上に落ちた。

彼女と弟とは固くなって眸を見張った。