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かぜたちぬ
風立ちぬ
堀 辰雄
序曲、風立ちぬ「改造」1936(昭和11)年12月号、冬「文藝春秋」1937(昭和12)年1月号、春「新女苑」1937(昭和12)年4月号、死のかげの谷「新潮」1938(昭和13)年3月号
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 54,998 字 · 108 页
まだ三時頃だというのにもうすっかり薄暗くなった窓の外へ目を注いだ。ところどころに真っ黒な樅をまじえながら、葉のない落葉松が無数に並び出しているのに、すでに私達は八ヶ岳の裾を通っていることに気がついたが、まのあたり見える筈の山らしいものは影も形も見えなかった。……
汽車は、いかにも山麓らしい、物置小屋と大してかわらない小さな駅に停車した。駅には、高原療養所の印のついた法被を着た、年とった、小使が一人、私達を迎えに来ていた。
駅の前に待たせてあった、古い、小さな自動車のところまで、私は節子を腕で支えるようにして行った。私の腕の中で、彼女がすこしよろめくようになったのを感じたが、私はそれには気づかないようなふりをした。
「疲れたろうね?」
「そんなでもないわ」
私達と一緒に下りた数人の土地の者らしい人々が、そういう私達のまわりで何やら囁き合っていたようだったが、私達が自動車に乗り込んでいるうちに、いつのまにかその人々は他の村人たちに混って見分けにくくなりながら、村のなかに消えていた。
私達の自動車が、みすぼらしい小家の一列に続いている村を通り抜けた後、それが見えない八ヶ岳の尾根までそのまま果てしなく拡がっているかと思える凸凹の多い傾斜地へさしかかったと思うと、背後に雑木林を背負いながら、赤い屋根をした、いくつも