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かぜたちぬ
風立ちぬ
堀 辰雄
序曲、風立ちぬ「改造」1936(昭和11)年12月号、冬「文藝春秋」1937(昭和12)年1月号、春「新女苑」1937(昭和12)年4月号、死のかげの谷「新潮」1938(昭和13)年3月号
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 54,998 字 · 108 页
そしてさっきから私を苛ら苛らさせていた、何か不確かなような気分が、漸く私の裡ではっきりとしたものになり出した。……「そうだ、おれはどうしてそいつに気がつかなかったのだろう? あのとき自然なんぞをあんなに美しいと思ったのはおれじゃないのだ。それはおれ達だったのだ。まあ言って見れば、節子の魂がおれの眼を通して、そしてただおれの流儀で、夢みていただけなのだ。……それだのに、節子が自分の最後の瞬間のことを夢みているとも知らないで、おれはおれで、勝手におれ達の長生きした時のことなんぞ考えていたなんて……」
いつしかそんな考えをとつおいつし出していた私が、漸っと目を上げるまで、彼女はさっきと同じように私をじっと見つめていた。私はその目を避けるような恰好をしながら、彼女の上に跼みかけて、その額にそっと接吻した。私は心から羞かしかった。……
※(アステリズム、1-12-94)
とうとう真夏になった。それは平地でよりも、もっと猛烈な位であった。裏の雑木林では、何かが燃え出しでもしたかのように、蝉がひねもす啼き止まなかった。樹脂のにおいさえ、開け放した窓から漂って来た。