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ぐるめにおくる
食魔に贈る
岡本 かの子
「中央公論」1932(昭和7)年3月号
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 9,619 字 · 20 页
彼はその数十年の蘊蓄を傾けて、フランス料理の憲法を編み初めた。彼はそれを再実験すると同時にぼつぼつ老の手で紙に書き留めた。原稿の丁数を分ける為頁の間に芹の葉や田鴫の足が挟まっていた。
とうとう一堆の紙の山が積まれた。彼はそれを二巻に分けて印刷した。「食好み七日物語」は彼が出遇ったあらゆる欧洲名料理の記録である。「食卓の歓び」は、彼が案出した千種以上の料理法の記述である。各巻の巻頭には息子の写真を入れデヂケートした。「愛するマルセルへ」書き入れる時彼は墓中の息子を確実にわが息子にした。両書とも限定版で特に「食好み七日物語」は百五十円ほどする彩色木版入りの豪華版だ。ニニヨンはこれを欧洲の各宮廷へ献贈した。
老翁がラルュウの忙しい料理場の一隅で先程から加減していたのは「食卓の歓び」の著書の中に編み入れる前菜の一種であった。基本のアンショア・ア・ラ・ブレトンヌに加減していた味の数学は漸く割り切れた。茹玉子はトマト・ケチャップで練って薄く皿の底に敷いた。その上にオリーヴ油のアンショアを乗せ蝦の肉で彩るのだった。
結果は巴里服のプランに似てごく簡単だ。しかしその約数にまで落付かせるため老翁の頭の中にいくつの味の数が加減乗除されたことだろう。