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おに
鬼
江戸川 乱歩
「キング」大日本雄弁会講談社、1931(昭和6)年11月、1932(昭和7)年1月~2月
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 30,138 字 · 60 页
「あの女がここへやって来たのは、何時頃でしょうか」
殿村が尋ねる。
「そうです。今朝九時半頃でしたか」
「で、病状はどんな風なのですか」
「マア、神経衰弱でしょうね。何かショックを受けて、ひどく昂奮している様です。別に入院しなければならない程の症状ではありませんが、御承知の通り、ここは病院と云うよりは一種の温泉宿なんですから、本人の希望次第で入院を許すことになっているのです。……あの人が何か悪いことでもしたのですか」
院長はまだ何も知らぬのだ。
「殺人犯人なのです」
殿村が声を低めて云い放った。
「エ、殺人犯人ですって?」
「そうです。御承知のS村の殺人事件の下手人です」
院長は非常な驚きにうたれ、あわただしく医員を呼んで、北川鳥子の病室へ案内させてくれた。
国枝氏も殿村も、その病室のドアを開く時には、流石に心臓のただならぬ鼓動を感じないではいられなかった。
思い切て、サッとドアを引くと、入口の真正面に、絹川雪子が、脅えた目を、はりさけんばかりに見開いて突っ立っていた。北川鳥子とは、外ならぬ絹川雪子であった。イヤ、少くとも絹川雪子と称する女であった。
彼女は今朝逢ったばかりの殿村を忘れる筈はない。