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ばくせきざんそぞうのしさするもの

麦積山塑像の示唆するもの

和辻 哲郎

名取洋之助「麦積山石窟」岩波書店、1957(昭和32)年4月20日

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 4,507 字 · 9 页

青空文庫

だからわたくしには推古仏の源流は謎であった。で、わたくしは、雲岡の石像が示しているような、西方から来た様式と、漢代の画像石などの示しているような、流麗な線、細い肢体を主にするあの様式とが、相混じて一つの特殊な様式を作り、それが推古仏の源流となったのではなかろうかと空想したりなどしていたのである。

しかるに麦積山の塑像のうちの最も古い時代のものは、実によく推古仏に似ている。写真ページ七からページ三五まで、ページ五四からページ六一までは皆そうであるが、中でもページ七、九、一六のごとき、あるいはページ五五、五六、六一のごとき、実に感じがよく似かよっている。そのほかになおページ七一、七四、七六、七九、八〇、ページ八二からページ八五などについても同様にいうことができるであろう。これらの塑像における面相や肢体の取り扱い方は、雲岡の石像の場合とはまるで違う。ここでは意味ある形を作ることが主要関心事であって、感覚的な興味は二の次である。従って面相に現われた表情がまるで違っているように、肢体の姿、衣文の強調の仕方などもまるで違う。この塑像の様式がどういう道筋を通って推古仏の様式として現われて来たかについては、わたくしは何をいう権利も持たないのであるが、しかし証拠はなくとも、ここに推古仏の源流を認めてよいのではなかろうか。