轻松读懂日语经典作品
ja-reading.com
轻松读懂日语,轻松阅读日语。在线阅读日语经典作品。支持在阅读过程中显示假名、查询生词、翻译句子。
くろいてちょう
黒い手帳
久生 十蘭
「新青年」1937(昭和12)年1月号
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 19,026 字 · 38 页
部屋へ帰ろうとしてたちあがると、そのとき窓にそってはるか階上から盛んに落下する物音をきいた。尿の音にちがいなかった。自分はある爽快さを感じ、どんな奴の仕業かと、たずねると、あなたのすぐ上にいる日本人がやるんです。もとは画かきだったということですが、毎日部屋にとじこもってなにか計算ばかりしているんだそうです。この宿にはもう十年以上もいるとききましたといった。
一、一月一日の朝のことである。上の部屋で傍若無人に飛びはねる粗暴な物音で眼をさました。いったい上の部屋の住人はこれまでも夜っぴて部屋を歩きまわったり、けたたましく椅子を倒したりして悩ましたが、この朝の騒ぎはじつに馬鹿馬鹿しいもので、そのために天井の壁土が剥離してさかんに顔のうえに落ちてくる。これは我慢がなりかねた。
無言で扉をおしあけると、眼の前にいささか常軌を逸した光景が展開した。広い部屋の床全面に約二尺ほどの高さにおどろくべき量の紙屑が堆積し、壁にはいたるところに数字と公式が落書してあった。床の上で自在に用便するとみえ、こんもりと盛りあがった固形物が紙屑のあいだに隠見していた。
長椅子の上には、極めて痩身の四十歳位と思われる半白の人物がいて、敵意に満ちた眼で自分を凝視していた。