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こくしかんさつじんじけん
黒死館殺人事件
小栗 虫太郎
「新青年」博文館、1934(昭和9)年4月号~12月号
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 296,741 字 · 584 页
つまり、君の云う場合に当る事だが……たとえば同じような音色で微かな音が二つ重なったにしても、その音階の低い方は、内耳の基礎膜に振動を起さないと云うのだ。ところが、老年変化が来ると、それが反対になってしまうのだよ」と検事をきめつけてから、再び視線を乾板の上に落すと、彼の表情の中に複雑な変化が起っていった。
「だが、この矛盾的産物はどうだ。僕にもさっぱり、この取り合わせの意味が呑み込めんよ。しかし、ピインと響いてくるものがある。それが妙な声で、ツァラツストラはかく語りき――と云うのだ」
「いったいニイチェがどうしたんだ?」今度は検事が驚いてしまった。
「いや、シュトラウスの交響楽詩でもないのさ。それが、陰陽教(ツァラツストラが創始せる波斯(ペルシヤ)の苦行宗教)の呪法綱領なんだよ。神格よりうけたる光は、その源の神をも斃す事あらん――と云ってね。勿論その呪文の目的は、接神の法悦を狙っている。つまり、飢餓入神を行う際に、その論法を続けると、苦行僧に幻覚の統一が起ってくると云うのだ」と法水は彼に似げない神秘説を吐いたが、云うまでもなく、奥底知れない理性の蔭に潜んでいるものを、その場去らずに秤量することは不可能だった。