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こくしかんさつじんじけん

黒死館殺人事件

小栗 虫太郎

「新青年」博文館、1934(昭和9)年4月号~12月号

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 296,741 字 · 584 页

青空文庫

ところが、伸子の方は、降矢木というすこぶる劇的な姓を冠せて、物凄い皮肉を演じてしまったのだよ」

その署名には、恐ろしい力で惹きつけるようなものがあった。しばらく釘付けになっているうちに、まず直情的な熊城が気勢を上げた。

「つまり、グッテンベルガー=降矢木旗太郎なんだ。これで、クリヴォフ夫人の陳述が、綺麗さっぱり割り切れてしまうぜ。サア法水君、君は旗太郎の不在証明を打ち破るんだ」

「いや、この評価は困難だよ。依然降矢木Xさ」と検事は容易に首肯した色を見せなかった。そして、暗に算哲の不思議な役割を仄めかすと、法水もそれに頷いて、劇しい皮肉を酬いられたかのように、錯乱した表情を泛べるのだった。事実、それが幽霊のような潜在意識だとすれば、恐らく法水の勝利であろう。けれども、もし単に、一場の心的錯誤だとしたら、それこそ推理測定を超越した化物に違いないのである。乙骨医師は時計を見て立ち上ったが、この毒舌家は、一言皮肉を吐き捨てるのを忘れるような親爺ではなかった。

「さて、今夜はもう仏様も出まいて。しかし法水君、問題は、空想より論理判断力のいかんにあるよ。その二つの歩調が揃うようなら、君もナポレオンになれるだろうがな」