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こくしかんさつじんじけん

黒死館殺人事件

小栗 虫太郎

「新青年」博文館、1934(昭和9)年4月号~12月号

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 296,741 字 · 584 页

青空文庫

僕は、最初この館に一歩踏み入れたとき、すでにある一つの前兆とでも云いたいものを感じました。それを、召使の行為から観取することが出来たのでしたよ」

「すると、僕が訊ねた……」検事は異様に亢奮して叫んだ。そして、自分の疑念が氷解してゆく機に、達したのを悟ったのであった。法水は、検事に微笑で答えてから続けた。

「つまり、この神経黙劇にとると、最初召使に導かれて大階段を上って行った時が、そもそもの開緒なのでした。その折、喧ましい警察自動車の機関の響がしていたのですが、その召使は、僕の靴が偶然軋って微かな音を立てると、何故か先に歩んでいるにもかかわらず、竦んだような形で、身体を横に避けるのです。僕はそれを悟ると、思わず、神経に衝き上げてくるものがありました。ですから、階段を上り切るまでの間、試みに再三同じ動作を演じてみたのですが、そのつど、召使も同様のものを繰り返してゆくのです。明らかに、この無言の現実は、何事かを語ろうとしています。そこで、僕は推断を下しました。機関の騒音があるにもかかわらず、当然圧せられて消されねばならない、いや、通常の状態では絶対に聴くことの出来ぬ音を聴いたからだ――と。