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こくしかんさつじんじけん
黒死館殺人事件
小栗 虫太郎
「新青年」博文館、1934(昭和9)年4月号~12月号
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 296,741 字 · 584 页
しかし、それは当然奇蹟でもなければ、勿論僕の肝臓に変調を来した結果でもありません。医学上の術語でウィリス徴候と云って、劇甚な響と同時にくる微細な音も、聴き取ることが出来るという――聴覚の病的過敏現象にすぎんのですよ」
法水は徐ろに莨に火を点けて、一息吸うと続けた。
「云うまでもなくその徴候は、ある種の精神障礙には前駆となって来るものです。けれども、チーヘンの『忌怖の心理』などを見ると、極度の忌怖感に駆られた際の生理現象として、それに関する数多の実験的研究が挙げられています。ことに、最も興味を惹かれるのは、ドルムドルフの『死仮死及び早期の埋葬』中の一例でしょうかな。確か一八二六年に、ボルドーの監督僧正ドンネが急死して、医師が彼の死を証明したので、棺に蔵め埋葬式を行うことになりました。ところが、その最中ドンネは棺中で蘇生したのです。しかし、声音の自由を失っているので救いを求めることも出来ず、渾身の力を揮って棺の蓋をわずかに隙しまでしたのでしたが、そのまま彼は力尽きて、再び棺中で動けなくなってしまいました。ところが、その生きながら葬られようとする言語に絶した恐怖の中で、折から荘厳な経文歌の合唱が轟いているにもかかわらず、彼の友人二人が、秘かに私語する声を聴いたと云うのですよ」