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こくしかんさつじんじけん

黒死館殺人事件

小栗 虫太郎

「新青年」博文館、1934(昭和9)年4月号~12月号

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 296,741 字 · 584 页

青空文庫

法水は文字盤の細刻を覗き込んで、

「なるほど、これはヴィクトリア朝に流行った羅針儀式(文字盤の周囲は英蘭土(イングランド)近衛竜騎兵聯隊の四王標である。ヘンリー五世、ヘンリー六世、ヘンリー八世 女王エリザベスの袖章で細彫りがされ把手には the Right Hon'ble. JOHN Lord CHURCHIL の胸像が彫られてある)ですね」と云ったけれども、それがどことはなしに、失望したような空洞な響を伝えるのだった。鍵の性能に対してほとんど信憑をおいていない法水にとると、恐らくこの二重に鎖された鉄壁が、彼の心中に蟠っている、ある一つの観念を顛覆したに違いないのだった。

「サア、名称は存じませんが、合わせ文字を閉めた方向と逆に辿ってゆくと、三回の操作で扉が開く仕掛になっております。つまり、閉める時の最終の文字が、開く時の最初の文字に当るわけですが、しかし、この文字盤の操作法と鉄函の鍵とは、算哲様の歿後、儂以外には知る者がないのです」

次の瞬間、唾を嚥む隙さえ与えられなかった一同が、息詰るような緊張を覚えたと云うのは、法水が両側の把手を握って、重い鉄扉を観音開きに開きはじめたからだった。