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こくしかんさつじんじけん
黒死館殺人事件
小栗 虫太郎
「新青年」博文館、1934(昭和9)年4月号~12月号
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 296,741 字 · 584 页
十分窺われるのだった。のみならず、弩にも箭にも、指紋はおろか指頭を触れた形跡さえなかったのであるが、その上、疑問はまず熊城の口から発せられて、自然発射説は最初から片影もなかったのである。何故なら、事件発生の直前には、その火術弩は箭を番えたまま、窓の方へ鏃を向けて掲っていたのだし、その操作は、女性でも強ち出来得ないこともないからであった。熊城はまず、当時半ば開いていた右側の鎧扉から、その壁面にかけて指で直線を引いた。
「法水君、高さはちょうど頃合だがね。しかし、鎧扉までの角度が、てんで二十五度以上も喰い違っている。もし、何かの原因で自然発射がされたとすれば、壁面と平行に、隅の騎馬装甲へ打衝らなきゃならんよ。きっと犯人は、踞んでこの弩を引いたに違いないんだ」
「だが、犯人は標的を射損じたのだ。それが僕には、何より不思議に思われるんだがね」と、爪を噛みながら法水は浮かぬ顔で呟いた。「第一、距離が近い。それに、この弩には標尺がある。その時クリヴォフは、背後を向けて椅子から首だけを出していたのだ。その後頭部を狙うのは、恐らくテルが、虫針で林檎を刺すより容易いだろうと思うが」