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こくしかんさつじんじけん
黒死館殺人事件
小栗 虫太郎
「新青年」博文館、1934(昭和9)年4月号~12月号
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 296,741 字 · 584 页
ですから、最初弾いた経文歌の中頃になると、もう手も足も萎えきってしまって、視界がしだいに朦朧となってまいりました。その症状を、久我さんは微弱な狂妄――と仰言います。病理的な情熱の破船状態だと云います。その時は、必ず極端に倫理的なものが、まるで軍馬のように耳をてながら身を起してくる――と申されます。しかもそれが、最高浄福の瞬間だそうですけども、けっして倫理的ではある代りに道徳的ではなく、そこにまた、殺人の衝動を否むことは出来ぬ――とあの方は仰言いました。ああ、これでも、貴方がお考えになるような、詩的な告白なのでございましょうか」と熊城に冷たい蔑視を送ってから、当時の記憶を引き出した。
「で多分、こういう現象の一部に当るのでしょうか、自分では何を弾いているのか無我夢中のくせに、寒風が私の顔を、斑に吹き過ぎて行くことだけは、妙に明瞭と知ることが出来ましたものね。云わば、冷痛とでもいう感覚でしたでしょう。けれども、絶えずそれが、明滅を繰り返しては刺激を休めなかったので、ようやく経文歌の三回目を終えることが出来ました。それから、手を休めている間も同じことでございます。