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こくしかんさつじんじけん

黒死館殺人事件

小栗 虫太郎

「新青年」博文館、1934(昭和9)年4月号~12月号

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 296,741 字 · 584 页

青空文庫

かえって私は、鎧通し――という重大な要点に、貴方がたの法律的審問を要求したいのです。いいえ、私自身でさえ、自身が類似的には犯人だと信じているくらいですわ。それに、今日の事件だってそうですわ。あの赤毛の猿猴公が射られた狩猟風景にだっても、私だけには、不在証明というものがございませんものね」

「それは、どういう意味なんです? いま貴女は、赤毛の猿猴公と云われましたね」と検事は注意深そうな眼をして聴き咎めたが、秘かに心中では、案外この娘は年齢の割合に手強いぞ――と思った。

「それが、また厳粛な問題なんですわ」伸子は口辺を歪めて、妙に思わせぶりな身振をしたが、額には膏汗を浮かせていて、そこから、内心の葛藤が透いて見えるように思われる。いかに、絶望から切り抜けようといているか――すでに伸子は、渾身の精力を使い尽していて、その疲労の色は、重たげな瞼の動きに窺われるのだった。しかし、彼女はズケズケと云い放った。「だいたいクリヴォフ様が殺されようたっても、悲しむような人間は一人もいないでしょうからね。ほんとうに、生きていられるよりも殺されてくれた方が……。その方がどんなに増しだと思っている人は、それは沢山あるだろうと思いますわ」