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こくしかんさつじんじけん
黒死館殺人事件
小栗 虫太郎
「新青年」博文館、1934(昭和9)年4月号~12月号
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 296,741 字 · 584 页
「ちょうど晩食後一時間頃のことで、図書室に戻さねばならないカイゼルスベルヒの『聖ウルスラ記』を、書棚の中から取り出そうとした際でございました。突然蹌踉いて、持っていたその本を、隅にある乾隆硝子の大花瓶に打ち当てて、倒してしまったのでございます。ところが、それからが妙なんですわ。そりゃひどい物音がしましたけれども、別にお叱りをうけるというほどの問題でもございません。それなのに、ダンネベルグ様がすぐとお出でになって……でございますもの。私には未だもって、すべてが判然と嚥み込めないような気がいたしております」
「いや、夫人はたぶん貴女を叱ったのではないでしょうよ。怒り笑い嘆く――けれども、その対象が相手の人間ではなく、自分がうけた感覚に内問している。そういうように、意識が異様に分裂したような状態――それは時偶、ある種の変質者には現われるものですからね」と法水は、伸子の肯定を期待するように、凝然と彼女の顔を見守るのだった。
「ところが、事実はけっして……」と伸子は真剣な態度で、キッパリ否定してから、「まるであの時のダンネベルグ様は、偏見と狂乱の怪物でしかございませんでした。