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こくしかんさつじんじけん

黒死館殺人事件

小栗 虫太郎

「新青年」博文館、1934(昭和9)年4月号~12月号

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 296,741 字 · 584 页

青空文庫

そして、蔕のないところから推して、そこから泥状の青酸加里が注入されたものと推断された。

法水は果物皿から眼を離して、室内を歩きはじめた。帷幕で区劃られているその一劃は、前方の室といちじるしく趣を異にしていて、壁は一帯に灰色の膠泥で塗られ、床には同じ色で、無地の絨毯が敷かれてあって、窓は前室のよりもやや小さく、幾分上方に切られてあるので、内部ははるかに薄暗かった。灰色の壁と床、それに黒い帷幕――と云えば、その昔ゴードゥン・クレイグ時代の舞台装置を想い出すけれども、そういう外見生動に乏しい基調色が、なおいっそうこの室を沈鬱なものにしていた。ここもやはり、前室と同様荒れるに任せていたらしく、歩くにつれて、壁の上方から層をなした埃が摺り落ちてくる。室内の調度は、寝台の側に大酒甕形の立卓笥があるのみで、その上には、芯の折れた鉛筆をつけたメモと、被害者が臥る時に取り外したらしい近視二十四度の鼈甲眼鏡、それに、描き絵の絹覆をつけた卓子灯とが載っていた。近視鏡もその程度では、ただ輪廓がぼっとするのみのことで、事物の識別はほとんど明瞭につくはずであるから、それには一顧する価値もなかった。