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こくしかんさつじんじけん
黒死館殺人事件
小栗 虫太郎
「新青年」博文館、1934(昭和9)年4月号~12月号
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 296,741 字 · 584 页
しかし、それは悲愁ではあるけれども、けっして悲壮ではないのだ。つまりその一句と云うのが、『ルクレチア盗み』という沙翁の劇詩の中にあって、羅馬の佳人ルクレチアがタルキニウスのために辱しめをうけ、自殺を決意する場面に現われているからなんだ」と法水はこころもち臆したような顔色になったが、その口の下から、眉を上げ毅然と云い放ったものがあった。
「けれども支倉君、あの対決の中には、犯人にとってとうてい避け難い危機が含まれているんだ。事実僕が引っ組んだのは、レヴェズじゃないのだ。やはりファウスト博士だったのだよ。実を云うと、僕はまだ事件に現われて来ない、五芒星呪文の最後の一つ――地精の札の所在を知っているのだがね」
「なに、地精の紙片※(感嘆符疑問符、1-8-78)」検事も熊城も、仰天せんばかりに驚いてしまった。しかし、法水の眉宇間には、賭博とするには、あまりに断定的なものが現われていた。彼の凄愴な神経作用が、いかなる詭計によって、あの幽鬼の牙城に酷迫したのであろうか。そのにわかに緊張した空気の中で、法水は冷たくなった紅茶を啜り終ると語りはじめたが、それは、驚くべき心理分析だったのだ。