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こくしかんさつじんじけん

黒死館殺人事件

小栗 虫太郎

「新青年」博文館、1934(昭和9)年4月号~12月号

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 296,741 字 · 584 页

青空文庫

冒頭に津多子は、全然予期してもいなかった言葉を聴いたので、そのすんなりした青白い身体が、急に硬ばったように思われ、ゴクンと音あらく唾を嚥み込んだ。法水は続けて、その薄気味悪い追求を休めなかった。

「勿論、貴女があの夕六時頃に、御夫君の博士に電話を掛けられたという事も、また、その直後奇怪至極にも、貴女の姿がお室から消えてしまったという事も、僕には既から判っているのですからね」

「それでは、何をお訊ねになりたいのです。この古代時計室には、私が昏睡させられて鎖じ込められていたのですわ。しかも、あの夜八時二十分頃には、田郷さんが、この扉の文字盤をお廻しになったと云うそうじゃございませんか」と顔面を微かに怒張させて、津多子はやや反抗気味に問い返した。すると、法水は鉄柵扉から背を放して、凝然と相手の顔を見入りながら、まさに狂ったのではないかと思われるようなことを云い放った。

「いや、僕の懸念というのは、けっしてこの扉の外ではなく、かえって内部にあったのですよ。貴女は、中央にある廻転琴附きの人形時計を――。また、その童子人形の右手が、シャビエル上人の遺物筐になっていて、報時の際に、鐘を打つことも御存じでいらっしゃいましょう。