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こくしかんさつじんじけん

黒死館殺人事件

小栗 虫太郎

「新青年」博文館、1934(昭和9)年4月号~12月号

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 296,741 字 · 584 页

青空文庫

ああ、そのクリヴォフなんだよ。問題はあのカウカサス猶太人の足にあったのだ。ところで熊城君、君は、ババンスキイ痛点という言葉を知っているかね。それは、クリヴォフ夫人のような、初期の脊髄癆患者によく見る徴候で、後踵部に現われる痛点を指して云うのだよ。しかも、それを重圧すると、恐らく歩行には耐えられまいと思われるほどの疼痛を覚えるんだが……」

しかし、その一言に武具室の惨劇を思い合わせれば、まず狂気の沙汰としか信じられないのだった。熊城は吃驚して眼を円くしたが、それを検事が抑えて、

「勿論偶発的なものには違いないだろうが、しかし、僕等の肝臓に変調をきたしていない限りだ。たしか、あの園芸靴には、重点が後踵部にあったはずだったがね。とにかく法水君、問題を童話から、他の話に転じてもらおう」

「そうは云うがね、あのファウスト博士は、アベルスの『犯罪形態学』にもない新手法を発見したのだよ。もしあの園芸靴を、逆さに履いたのだとしたら、どうなんだろう」と法水は、皮肉な微笑を返して云った。「もっとも、あれが純護謨製の長靴だからこそ可能な話なんだが、しかし、その方法はと云っても、爪先を靴の踵に入れるばかりではない。