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こくしかんさつじんじけん
黒死館殺人事件
小栗 虫太郎
「新青年」博文館、1934(昭和9)年4月号~12月号
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 296,741 字 · 584 页
法水は疲れたような眼をして、しばらく考えていたが、ふと何と思ったか、広間の煖炉棚に並んでいる、忘れな壺を持参するように命じた。それは総計二十あまりもあって、すでに故人となり、離れ去った人達のもあるけれど、この館に重要な関係を持った人達には、あまねく作らせて、回想を永遠に止めんがためのものであった。表面には、西班牙風の美麗な釉薬が施されていて、素人の手作りのせいか、どこか形に古拙なところがあった。法水はそれをずらりと卓上に並べて云った。
「あるいは、僕の神経が過敏すぎるのかもしれないがね。しかし、この館のような、精神病理的人物の多い所では、押捺した指痕などというものに信頼を置くと、それがそもそもの間違いになるのだよ。何故なら、ときたま外見に現われない発作があるからね。その時強直なり羸痩なりが起った場合に、僕等はとんでもない錯誤を招かんけりゃならんのだ。しかし、この壺の内側には、必ず平静な状態の時、捺された拇指痕があるに相違ない。熊城君、君は、ここにある壺を巧く割ってくれ給え」
そうして糸底の姓名と対照して割ってゆくうちに、とうとう二つが残されてしまった。