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こくしかんさつじんじけん
黒死館殺人事件
小栗 虫太郎
「新青年」博文館、1934(昭和9)年4月号~12月号
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 296,741 字 · 584 页
無論数日ならずして腹中に腐敗瓦斯が膨満するとともに、その船形棺は浮き上るものとみなければなりません。そこで牧師は、あの夜、錘の位置から場所を計って氷を砕き、水面に浮んでいる棺の細孔から死体の腹部を刺して瓦斯を発散させ、それに火を点じました。御承知のとおり、腐敗瓦斯には沼気のような熱の稀薄な可燃性のものが多量にあるのですから、その燐光が、月光で穴の縁に作られている陰影を消し、滑走中の妻を墜し込んだのです。恐らく水中では、頭上の船形棺をとり退けようとき苦しんだでしょうが、ついに力尽きて妻は湖底深く沈んで行きました。そうして牧師は、自分の顳を射った拳銃を棺の上に落して、その上に自分も倒れたのですから、その燐光に包まれた死体を、村民達が栄光と誤信したのも無理ではありません。そのうち、瓦斯の減量につれて浮揚性を失った船形棺は、拳銃を載せたまま湖底に横たわっている妻アビゲイルの死体の上に沈んでいったのですが、一方牧師の身体は、四肢が氷壁に支えられてそのまま氷上に残ってしまい、やがて雨中の水面には氷が張り詰められてゆきました。恐らく動機は妻とスティヴンとの密通でしょうが、愛人の死体で穴に蓋をしてしまうなんて、なんという悪魔的な復讐でしょう。