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こくしかんさつじんじけん
黒死館殺人事件
小栗 虫太郎
「新青年」博文館、1934(昭和9)年4月号~12月号
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 296,741 字 · 584 页
だが、なんという不思議な女だろう」と露わに驚嘆の色を泛べて、「自分から好んで犯人の領域に近づきたがっているんだ」
「いや、被作虐者かもしれんよ」と法水は半身になって、暢気そうに廻転椅子をギシギシ鳴らせていたが、「だいたい、呵責と云うものには、得も云われぬ魅力があるそうじゃないか。その証拠にはセヴィゴラのナッケという尼僧だが、その女は宗教裁判の苛酷な審問の後で、転宗よりも、還俗を望んだというのだからね」と云ってクルリと向きを変え、再び正視の姿勢に戻って云った。
「勿論久我鎮子は博識無比さ。しかし、あれは索引みたいな女なんだ。記憶の凝りが将棋盤の格みたいに、正確な配列をしているにすぎない。そうだ、まさに正確無類だよ。だから、独創も発展性も糞もない。第一、ああいう文学に感覚を持てない女に、どうして、非凡な犯罪を計画するような空想力が生れよう」
「いったい、文学がこの殺人事件とどんな関係があるかね?」と検事が聴き咎めた。
「それが、あの水精よ蜿くれ――さ」と法水は、初めて問題の一句を闡明する態度に出た。「あの一句は、ゲーテの『ファウスト』の中で、尨犬に化けたメフィストの魔力を破ろうと、あの全能博士が唱える呪文の中にある、勿論その時代を風靡した加勒底亜五芒星術の一文で、火精・水精・風精・地精の四妖に呼び掛けているんだ。