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こくてん

黒点

豊島 与志雄

――或る青年の「回想記」の一節――

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 30,665 字 · 62 页

青空文庫

そして、話半ばに突然帰っていった。

母と姉とは、彼女から貰った立派な果物を持出して、いろいろ品評し感心し合った。

お清に対する父の凝視には誰も気付かないらしかった。五十を越した失職職工がお清に夢中になろうとは、思いも寄らぬことだったに違いない。

然し私は父を責めたくはない。当時私はただ恐怖と不安とだけしか感じなかったが、今になっていろいろ考えてみると、父に同情したくなってくる。長年やり続けてきた労働を突然奪い取られてしまい、古釘なんか叩いて僅かに生理的なごまかしをつけ、その上、もう世の中に用がないという気持から、酒にばかり浸っていたところへ、何かの機会から若い女の肉体に心惹かれてゆく……。そこにはどうにもならないものがあったらしい。その上父は、元気こそ衰えていたが身体はまだ丈夫だった。私は父の心の動き方の特殊な点を考えては、父にも仕事さえあったら……とそう思わざるを得ない。寺田さんの云い草ではないが、人間には死ぬまで仕事を与えるがよいのだ。仕事を奪うことは残酷であり罪悪である。

それにしても、私は父の執拗な眼付をこまかく見て取ったことに、一種の羞恥を感ずる。