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ジ アフェア オブ トゥー ウォッチイズ
The Affair of Two Watches
谷崎 潤一郎
「新思潮」1910(明治43)年10月号
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 13,107 字 · 27 页
階段から下りて行った親父は啣え楊枝で朝湯に出掛け、十分ばかりで帰って来て朝酒を飲み、遅い/\と云いつゝ朝飯を掻き込んで、そゝくさと逃げるように家を出て行く。米屋町まではさほど遠くはないのに、いつでも前屈みに地面へ狙いをつけて、両手を化物のようにブラ/\させながら、小刻みの急ぎ足で家から逃げて行く姿の情無さ。あれでは生涯成金になれそうにもない。
親父が居なくなったから、ソロ/\起きましょうや、と考えて居ると今度は母親の番。
此れも親父同様生え抜きの江戸児、而も深川は小名木川の辺に生れて辰巳風を吹かせるから、頗る言葉が粗い。あたいはいっそ口惜しくってならねえよ。とか、てめえはてえそうきいたふうな言をぬかすのう。などゝ云うと、三馬や春水の人情本では乙だが、明治の聖代に母親の口から出ては物凄い。母親は若い時分には一寸見られたそうだから、其の頃なら嘸伝法で好かったかも知れぬが、もう今では色気が抜けて、形式ばかりで実質なき江戸児になり下って居る。
母親の起し方はいさゝか親父のと趣を異にする。
始めは唯階段の上り口で、
「禄造、禄造。」
と、名ばかり呼んで居る。返辞がないといつまでも「ロクゾー」