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いしがおごる
いしが奢る
山本 周五郎
「サンデー毎日臨時増刊仲秋特別号」毎日新聞出版、1952(昭和27)年10月19日
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 22,304 字 · 45 页
女たちのやかましい声のなかで、保馬は笑いながら黙った。
「本当にないしょにして下さいましね」いしは囁くように云った、「一生の御恩に衣ますわ」
保馬は頷いた。
誰か一人きまった者を、という弥吉のはなしはそのままになったが、それ以来、保馬の席には必ずいしが出るようになった。――望湖庵は青木重右衛門が経営しているので、養女といえば重右衛門の娘分であろう。料亭を切廻しているのはおかねという名の、肥えた五十歳ばかりの女であるが、いしは彼女からも他の仲居や雇人たちからも、いちように愛されていた。望湖庵の者だけでなく、知っている者はみんないしを愛しているようであった。――いしは明るくさっぱりした、そして思い遣りの深い性分だった。不自由のないせいもあろうが、仲居や雇人で困っている者などには、蔭へまわってよく面倒をみた。それも年に似合わない巧者なやり方なので、世話をされた当人がそれと知らず、あとで気がつくといったようなことが多かった。
むずかしい客、酒癖の悪い客などは、いしがさばくものにきまっていた。酒も飲ませればかなり飲むし、少し酔うと笑い上戸になって、
――ようし、いしが奢る。