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いしがおごる
いしが奢る
山本 周五郎
「サンデー毎日臨時増刊仲秋特別号」毎日新聞出版、1952(昭和27)年10月19日
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 22,304 字 · 45 页
と云うのが口癖であった。保馬にも三度ばかり云ったが、そのたびに保馬は手厳しくはねつけた。
「あら、どうしてですか、あたし奢りたいんですもの奢らして下すってもいいでしょう」
保馬は「あまくみるな」などと云ってとりあわなかった。
七月から八月へかけて、殆んど三日に一度ぐらいずついしと会った。能登屋や角屋たちと飲むときは、湖月か田川屋という料亭であるが、酌に出る仲居たちから聞くのだろう、「あとで来てもらいたい」などという手紙を使いに持たせてよこした。
「よさないか、みっともない」保馬はいつもにがい顔をした、「わけもなにもないのに、人がなんだと思うじゃないか」
「あら、いしはちっとも構いませんわ」
「いい人に聞えてもか」
「もちろんですわ」云いながら赤くなる、「いしは信用があるんですもの」
眼尻が下り、唇がゆるんで、ばかばかしいほどあまったるい顔になる。すると保馬は舌打ちをし、にがにがしげに云うのであった。
「なんというだらしのない顔だ、紐を緊めろ」
保馬はいしにだけは荒い口のきき方をした。遠慮なく悪口を云い、ぴしぴしとやっつけた。いしに向うとしぜんにそうなるのであった。