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いわゆる「はんせい」はわれわれをすくうか
いわゆる「反省」は我々を救うか
岸田 国士
「知識人 第二巻第一号」1949(昭和24)年1月1日
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 7,229 字 · 15 页
大小、色とりどりの「反省」の氾濫のなかで、「反省」はもう真ツ平という一部の空気を向うに廻して、なおも、「われわれのこれまでの反省は真の反省の名に値するや否やの反省」をしてみようというのだから。
云うまでもなく、自己解剖、自己批判は、時として知識人の好みにかなつた一種の精神的遊戯である。そして、この遊戯は、それが遊戯であるという自覚なしに行われ、苦悶の相を帯びて人を脅かし、真面目な表情で自分自身を佯る結果となる場合がある。ところで、問題は、この遊戯が何時の頃からか、必ずしも知識人の独占でなく、可なり広く大衆化したという特色がわが国にはみられるようである。つまり、国として、そういう教育を行つたからである。痛くも痒くもなく自己批判をしてみせる市井の男女は、それで自分の真のすがたをみているかと云えば、決してそうではなく、みているふりができればそれでいゝのである。
この、云わば「儀礼的な反省」は、無意識に習性化するものであつて、日本人のやゝシニカルで流暢な露悪的自己表現のなかにもそれが現われている。手軽で陽気な自虐自嘲は、しばしば武器なき民衆の知的粉飾とさえみられるものである。