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おかよ
おかよ
山本 周五郎
「講談雑誌」博文館、1942(昭和17)年5月号
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 9,116 字 · 19 页
弥次郎はなにも云えなかった。――己は征かずに済むだろう。そう思いながらけれどもおかよの手から御守りの包を受取った。事実その時、細川越中守は島原出陣の幕命を辞退していたのである、将軍家光からの直命であったのにかかわらず「その任に堪えず」と云って固く謝絶していたのである。
「きっとお手柄をあそばしますように」おかよは祈るように云った。「あなたは千人にぬきんでたお方です、おかよにはそれがよくわかっていました、どうかこのお札を着けていることをお忘れなさいますな、わたくしもお札といっしょにお護り申しております」
そう云いながら、つきあげてくる情熱を抑え兼ねたのであろう、おかよはよろめくようにすり寄った。あまく噎っぽい娘の匂が、弥次郎を息苦しくさせた。
「お待ち申しておりますよ」
身も心もうちこんだひたむきな愛情が、そのとき弥次郎の胸に、どのような印象を彫りつけたであろうか。
越中守忠利は重ねての幕命をうけてついに出陣の決心をした。そして正月十二日、軍勢をそろえて江戸を発した。(本軍はもちろん熊本に在った)その出陣の前日、準備で忙しいなかを弥次郎はおかよに会おうとして駈けまわった。