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おごそかなかわき

おごそかな渇き

山本 周五郎

「朝日新聞日曜版」 1967(昭和42)年1月8日~2月26日

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 36,042 字 · 71 页

青空文庫

た、悲しかった、と思い続けるのは人間だけだ。

「あの人たちには詫びのしようがない」と隆二は声にだして呟き、空を見あげた、「――ぼくは忘れません、お母さんのあのときの言葉は忘れませんよ、決して」

竹中啓吉の娘のりつ子が、細い踏みつけ道の坂を登って来た。粉雪が髪の毛に降りかかり、頬が赤くなっていた。

「せんせい、どうかなすったんですか」

先生と云われて隆二は戸惑い、「ぼくがどうかしているように見えるの」ときき返した。

「昨日より痩せたようだわ」とりつ子が云った、「いちにちでこんなに変った顔つきを見たのは初めてだわ」

松山隆二はどきっとした。りつ子の観察には、少女よりも女にちかいものを感じたからである。そして、それがすぐりつ子にも反射的に感じられたとみえ、眼つきや身ぶりに、それとわかるほどの羞らいと媚があらわれた。

「なんでもないよ」彼はできるだけなにげなく、りつ子の肩を叩いて云った、「――お父さんのとこへいくのかい」

りつ子は首を振った、「ううん、せんせいを迎えに来たのよ」

「どうしてお父さんのとこへいかないの」

「ブラジルってどんなとこかしら」りつ子は眼は伏せながら云った、「あたし、ほんとは、せんせいといっしょに東京へいきたいの、ブラジルなんていやなのよ」