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おせいとうじょう

お勢登場

江戸川 乱歩

「大衆文藝」1926(大正15)年7月

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 11,784 字 · 24 页

青空文庫

第一、あの出不精な夫の姿の見えないのがいぶかしかった。

「誰もいないのかい」

茶の間へ来ると、甲高い声でもう一度呼んで見た。すると、女中部屋の方から、

「ハイ、ハイ」

と頓狂な返事がして、うたた寝でもしていたのか、一人の女中が脹れぼったい顔をして出て来た。

「お前一人なの」

おせいは癖の癇が起ってくるのを、じっと堪えながら聞いた。

「あの、お竹どんは裏で洗濯をしているのでございます」

「で、檀那様は」

「お部屋でございましょう」

「だっていらっしゃらないじゃないか」

「あら、そうでございますか」

「なんだね。お前きっと昼寝をしてたんでしょう。困るじゃないか。そして坊やは」

「さあ、さい前まで、お家で遊んでいらしったのですが、あの、檀那様も御一緒で隠れん坊をなすっていたのでございますよ」

「まあ、檀那様が、しようがないわね」それを聞くと彼女はやっと日頃の彼女を取返しながら「じゃ、きっと檀那様も表なんだよ。お前探しといで、いらっしゃればそれでいいんだから、お呼びしないでもいいからね」

とげとげしく命令を下して置いて、彼女は自分の居間へ入ると、一寸鏡の前に立って見てから、さて、着換えを始めるのであった。