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かやのおいたち
かやの生立
岡本 かの子
「解放」1919(大正8)年12月号
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 12,632 字 · 25 页
四
四
かやと婆やの寝所になって居る離れ座敷は、艶の宜い細骨の障子に囲まれて、低い床に、古くはあるが目の積んだ品の宜い畳が落付きよく敷かれてある。秋の半ばになってもまだ四辺を深く木立が囲んで居るので、油断のならない程、大粒な縞蚊などが絶えないので夏のまま、矢張り青蚊帳を釣るのであった。
かんかん、かち、しゃらんと釣手の金具の音を立てて婆やが蚊帳を吊る間に、かやは座敷の隅の、蒔絵の所々禿げた朱塗りの衣桁に寄りかかって、今しがた婆やに爪を剪って貰った指の先きを紅の落ちない様にそっと唇に当て乍ら、真白に塗られた自分の襟や顔の白ぼたんのおしろいの香が蚊帳の裾が大きくあおられる度に一層濃かに自分の鼻へ通って来るのにうっとりとして居るのである。
「ああまた、甚三の笛…………」
と、気が付くと、かやはなつかしいものに巡り会った様な、恥かしいものの正体を強いられる様な感情がむらむらと起って来るのであった。
甚三の笛とは、いつの頃からか、かやには余程遠い昔と思われる頃から、かやの家の裏門から続く広い耕地を越えた、南の方の村落から、毎夜聞えて来る横笛の音なのである。
それは晩春の頃からころころと啼き始めて、やがて湧き立つ様に野をこめる蛙の声が、どんなにめずらしくなつかしく、かやの稚い心をそそる夜も、秋祭りの野太鼓が、しきりに響いて