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このこをのこして
この子を残して
永井 隆
「この子を殘して」大日本雄辯会講談社、1948(昭和23)年
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 102,102 字 · 203 页
耳をすまして聞くが雨ではないらしい。昨日のようないい天気かしら。五時半、天主堂から朝のお告げの鐘がなる。いつもは何度も呼ばれねば返事もできないカヤノが、今朝はもう目をあけていて、
「兄ちゃん、兄ちゃん、遅れるよ」
と誠一を起こした。
誠一が起きて、服をカヤノに着せてやる。スェーターはタツエ姉ちゃんとフジエ姉ちゃんが編んでくれた。もんぺは戸泉さんがくださった。ソックスは母の同盟の小母さんが編んでくださった。ハンカチは東京の名のわからぬ姉さんから、ランドセルは富子姉ちゃんから、ノートは松山先生から、靴は出雲の叔母さんから……カヤノをかわいがる人びとの贈り物で、りっぱな入学式ができる。母はなくとも、父は病むとも、神は善意の人びとを通じて、こうして幼き子をはぐくみなさるのだ。誠一にスェーターのホックをはめてもらいながらランドセルを背負いかけるので、小さな兄さんは、そんなに動いたら着せられんじゃないか、と怒り出してしまった。そんな楽しげな情景を私は枕の上から見上げて、にこにこしているのだった。
――大きくなったものだ。もう学校へ行くようになった。あの日、まだ五つだった。