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このころのこうたいしでんか

この頃の皇太子殿下

小泉 信三

「文藝春秋」文藝春秋新社、1959(昭和34)年1月号

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 4,512 字 · 9 页

青空文庫

が、常になった。さて、各々明るい窓ぎわに座を占めて膝の上に本を開くのであるが、何時か私は、殿下がサックごと読書眼鏡を取り出して前の小卓に置き、眼鏡を一寸ぬぐってかけ、さて、卓上の本を取り上げられるのに、心づくようになった。このことは、年月の経過を思わせる。お部屋のこの一隅で、毎週こうして御一緒に本を読むことも、もう何年になるだろうというようなことを、考えさせられるのである。窓から眺める景色も変った。麻布青山方面の小高い丘が視界を限っているのであるが、この幾年の間に、ほとんど週毎といって好いほどにそこに新しい家屋が建築される。見渡す限り、戦火は、もはや全くその跡をとどめないのである。

御一緒に読んだ本のことをいえば、福沢の「帝室論」と露伴の「運命」とは、殿下と私とで、交る交る音読した。(殿下が、喉が痛い、とて途中でおやめになったこともあった)音読して見て、今更のように感じたのは、この二大文豪の文章が、いかに格調正しく、いかに音読に適しているかということである。西洋の平和な家庭で、暖炉の前で、夫は妻のために本を朗読し、それを聞きつつ妻は編み物をするというような場面がよく文学にも描かれるが、そういう場合、今日の日本では一体誰の作品を読んだら好かろうか、というようなことを考え、殿下にもお話ししたことがあったと思う