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ちくしょうだに
ちくしょう谷
山本 周五郎
「別冊文藝春秋」1959(昭和34)年4月
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 69,788 字 · 138 页
「放火だと思います」
「中で女の声がしました」と乾が云った、「倉へはいって火をつけたのでしょう、気がついたときはもう手がつけられないありさまで、中から女の声が聞えて来ました」
隼人はきっと下唇を噛んだ。
――鍵を掛け忘れた。
昨日あの綱を出したとき、役所へ運んでおけと云ったまま、戸前の鍵を掛け忘れた、と隼人は思った。そして、中から女の声がした、という言葉に気づき、どきっとして、われ知らず西沢半四郎の顔を見た。
「それで、女はどうした」
「知りません」西沢は首を振った、「女の声を聞いたのは乾だけで、私やほかの者は聞きませんでしたから」
「いや女の声が聞えたのは慥かです」と乾は挑みかかるように云った、「私はまっさきに駆けつけたんですが、引き倒すちょっとまえにも叫び声が聞えました、ほかにも慥かに聞いた者がある筈です、私は」
隼人が手をあげて遮った、「そして女はどうした、倉の中から出たようすか」
「そうではないと思います」
「中にいるのがわかっていて、そのまま倉を引き倒したのか」
「いちめんの火でどうにもなりませんでしたし、役所や長屋へ火が移りそうでしたから、ほかにどうしようもなかったのです」